なんと不思議な展覧会でしょう!先月29日からイギリスのReg Vardy Galleryで始まった”If There Ever Was”は「匂い」を鑑賞する企画展だそうです。英語では博物館資料を“museum objects"、と表現しますが、まさにobject=モノでない「もの」の展覧会とは、博物館の存在そのものが危うく思えてしまうほど衝撃的です。同時にこの展覧会を企画したキュレーターの目のつけどころに賞賛を贈りたい気持ちにもなりました。美術館のサイトでダウンロードできるリストによると、この展覧会では、絶滅した花の匂いや、太陽の表面の匂い、クレオパトラの髪の匂いなど、この世にあり得ない匂いを展示しているそうです。中には、共産主義の匂い、ヒロシマの匂いなどもあります。
目に見えないもの、手に触れないもの、聞こえないものを展示すると、どういった展示空間になるのでしょうか。写真を探してみるとReg Vary Galleryの展覧会サイトでそれらを発見しました。展示ケースやスクリーンといった展覧会で見慣れているものが全くない空間の壁面に、展示解説パネルのようなものがあるようです。そこに顔を近づけている様子からこのパネルのどこかから匂いを感じることができるのでしょう。匂いが混じり合って、展示空間に入ったとたんミックスされた匂いに打ちのめされることはないのでしょうか。気になります。
またとても私を引きつけたのが、この展覧会があくまでも美術館の企画展であり、匂いを嗅覚と結びつけて自然科学的な視点でとらえている訳ではないという点です。UKの展覧会情報サイト24 Hours Museumではこの展覧会について、「匂いは、学校の給食や子供時代の海辺の休暇といった思い出と、しばしば結びついているものである。しかしこの展示では、記憶に全くない匂いを体験することができる。」と紹介しています。確かに自分自身について考えてみても、外国の街の匂い、例えば、ハッカクの匂いで友人と行った台湾、葉巻タバコのような匂いで大学時代にひとりで行ったパリ、などを思い出すことがあります。視覚や触覚、聴覚に比べて、嗅覚は言葉にし難い場の空気感や集団で共有した記憶のようなものを思い出させてくれるような気がします。この展示室で記憶にない匂いを誰かと共有することで、新たな記憶が生み出されるのかもしれません。手に触れたり、どこかにしまっておくこともできない、脆いなにかを捉えようとするこの展覧会は、私たちが生きているということや、自分と他者とのつながりすらも実感させてくれる強い力がありそうな気がします。
0 件のコメント:
コメントを投稿