近考えていることを少し。先日、『子供の貧困ー日本の不公平を考える』という本を読みました。昨今の世界的な金融危機と経済悪化の中、教育や次世代育成にどんな影響が波及するのだろうか、と思っていた時に見つけたました。OECDの調査データをもとに、日本に見られる子供の貧困問題について分析しているものです。調査によると、日本の相対的貧困率はアメリカに次いで2位なのだそうです。にわかに信じ難い数字ですが、そこには「格差」どころではなく「貧困」の問題として取り組まなければならない現実があるということです。本書では、定量的なデータを用い、親の貧困が子供の貧困へと連鎖し、子どもを教育の機会からも遠ざけてしまうという問題を大変鋭く読み解いています。
中でも私が興味を持ったのは、経済的理由で進学できない、という問題だけでなく「努力」「意識」「希望」に格差を生じている、という点でした。安心感を持って子供時代を過ごすことが、その後の人生に大きな影響を与えることに気づかされたのです。貧困問題は、間接的にかつ長期的に、自尊心を持つことや、他者を理解しようという思い、自分の力を試そうとする原動力にじわじわと作用するのものなのではないかと思いました。
そこでふと思い出したのが、ベネズエラのエル・システマという音楽教育制度です。これは1975年指揮者のJose Antonio Abreuによって設立されたもので、クラシック音楽の教育を通じて、貧困層の子どもたちが麻薬や犯罪に染まるのを防ぎ、彼らの可能性を育て地域社会にポジティブな影響を及ぼすことを目指しています。昨年の12月にエル・システマのオーケストラである、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(SBYO)が来日公演をしたことをご存知の方もあるかもしれません。着目すべきは、エル・システマが30年以上活動を続け、かつ社会にもインパクトを与えているという点です。エル・システマ出身の指揮者、Gustavo Dudamelは2007年にSBYOを率いてロンドン公演を行ったときのインタビューで、「音楽のお陰で、犯罪や麻薬といった悪いものから自分を遠ざけることが出来た」と語っています。貧困と教育という二つの課題に対してこれだけ時間をかけて取り組み、実際に子どもたちに自信を与え、可能性に向き合える機会を与えたという点に圧倒されました。日本でこういった取り組みがそのまま有効かどうかは別の問題ですが、一つの取り組みとして力のあるものだと感じます。
さてこの次私が考えるべきことは、博物館や美術館は貧困と教育の問題にどんなアプローチが与えることができるか、ということです。博物館や美術館は、子どもたちが努力し、希望を持つ力、そして社会を変えていこうという意識を獲得する場となりうるのでしょうか。できるとすれば、それはどんな形で実現するのでしょうか。経済危機は、こういった課題を考えるきっかけを与えてくれたといえるかもしれません。
『子どもの貧困ー日本の不公平を考える』
阿部彩 著
出版社:岩波書店
エル・システマ 英語ウェブサイト
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