2012年8月24日金曜日

津金一日学校:追記

 Facebookに津金一日学校のページがあります。

 そこに、子どもたちが家に帰ってからどじょうすくいの格好をしている「戌井先生リスペクトシリーズ」という写真が!なんだ、やってみたかったんじゃん・・・。まあみんなと一緒じゃ恥ずかしかったかもね。

 そうそう、戌井先生が「手ぬぐいは顎のところじゃなくて、ちょっと横にして結ぶのがかっこいいの。」と言っていたとおりに手ぬぐいを巻いている子の写真があったのも、微笑ましかったです。

2012年8月20日月曜日

「津金一日学校」夏休みの登校日s

(English follows after Japanese)

 津金一日学校に参加してきました。明治8年に建てられた校舎を一年に一度開校し、様々な分野の3人のクリエイターを招いて、子どもたちに授業をするという企画です。山梨県内の小学生が対象になっています。大人は授業参観という形で参加しました。
学校の外観はこんな感じ

教室は二階にあります

 今年は二回目だそうで、今回の先生は、一時間目「笑いの時間」で作家の戌井昭人氏、二時間目は「食の時間」で料理家の三原寛子氏、そして三時間目は「音の時間」で音楽家の森本アリ氏、というメンバーでした。授業が終わると、大人たちは放課後フォーラムに参加します。

 子供の参加者は小学校一年生から六年生まで、30人ぐらい居たでしょうか。ランドセルで登校すると、昔の木の机と椅子が用意されています。久しぶりに小学生の集団を見たので、その弾けるパワーというか圧力というか、尋常ならぬ事態に一瞬怯みました。誰も聞いていないのに「あのねー!あのねー!僕がねー!」と喋り続けている男の子などを見ると「こういう子、居たなあ・・・。」と苦笑しました。

 食べる事、音を出す事、は原初の記憶に訴えかけるのか、子供たちの食いつきは随分良かったです。食の時間はうどんをこねて、オリジナルのたれを作って、手で食べよう、という豪快な授業で、大人も給食で頂戴しました(もちろん子供たちがこねたものでないものですけどね)。音の時間では、森本氏が持ってきた楽器や音の鳴るものに、子供たちは吸い付けられるようにうわーっと駆け寄っていました。ぷーぷー吹いて音が出るものは、いつまでも飽きずに鳴らし続けます。何で子供たちは音にあんなにエキサイトするのだろう、と驚いたのですが、多分私もそうだったんだろうと思います。

うどんを延ばしているところ

大人用の給食

 そして衝撃的だったのは、笑いの時間の戌井氏。どじょうすくいの格好で踊りながら出てきて、子供たちはわーっと盛り上がります。しかし、「馬鹿と天才はどっちが上でどっちが下じゃなくて、右左なの。」という言葉にちょっと戸惑いの様子。そしてみんなで手ぬぐいを顔に巻いて、「踊ってみよう!」という戌井氏にきょとん、というか困惑している子供たちの後ろ姿を見ている私の方がはらはらしました。これをどうやって収束させるのか・・・といやな汗をかきながら見ていると「やっぱ踊るのは恥ずかしいよね!」と言って最後は「じゃあ、踊って帰るか!」とまたどじょうすくいの格好で踊りながら去って行きました。ええーっ!これ、何よ!とまた汗が出てきました
床の穴から一階が見えるんだって

 そもそもなぜこの三人なのか、というのが参加する前から不思議に思っていたことなのですが、最後のフォーラムでそれが見えてきました。三人とも書く、料理をする、音楽を奏でる、という創造的な仕事をされていますが、フォーラムではそこに至ったプロセスやそれをやり続けることをどう考えているか、に焦点が当てられていました。

 会場から「姪や甥ぐらいの親戚が、三人のような生き方をしたいと言ったら、どういうアドバイスをしますか。」という質問があり、それに対して三人とも特に勧めもしないが、止めもしない、というようなことを言っていたのが印象的でした。しかし森本氏が、高校生ぐらいになったらそういうのが向いている子と、そうでない子が分かってくるので、それは言うかもしれない、と言っていたのも、さらに印象に残っています。

 なるほど、これはメインストリームの生き方もあるし、オルタナティブに生きることも出来る、それをミックスさせてもいい、ということを子供たちに知ってもらうという人選なのだろう、と私は考えました。子どものための授業でありながら、大人が生き方、というと大げさですが、自分のあり方をよく見てみる機会を与えられた気がします。そこで、もう一度戌井氏のスリリングな授業を思い出しました。手ぬぐい被って汗だくになってたおじさんがいたな、という記憶が子どもたちのどこかにあって、それをじわっと思い出したりするが面白いのかも。
 
 最後は余談ですが、戌井氏の小説、『ひっ』にサインしてもらっちゃいました。わーい!これは、もし私に中学一年ぐらいの女の子がいたら、ちょっと薦めたくない小説なのですが、他人の子どもにだったら無責任に「マジ面白いよ。」と言います。多分、何も言わなくても大人が嫌がりそうなものを探り出して、勝手に読んだりやったりできる子はいいのでしょうが、私は大人の言う事を真面目に聞くつまらない子だったので、もしそういう人がいたらよかったな、と当時の事を思い出しました。

 津金一日学校も、親でもない、学校の先生でもない、面白い世界を広げてくれる、日常から少し外してくれる大人がいることを知れるのが肝なのかも。授業参観した大人の目線からはそう見えました。

I have bee to "Tsugane one day school" which is one day summer school for elementary kids. The school building was built in 1875, and it has been long closed. Now, it was renovated and once in a year, they open it for this school. The three special teachers come from several creative fields. The adult also could attend to observe the programme.
The teachers are Mr. Akito Inui, a writer who is for "the lesson of laugh", Ms Hiroko Mihara, a chef for "lesson of eating" and Mr. Ali Morimoto, a musician for "lesson of sound". For the adult, there was a forum after classes for kids.
About thirty kids were from the first to sixth grade. When they came to the classroom, the staffs took them to desks and chairs which were used a long time ago in the school. I haven't seen a bunch of that many kids for a long time, so at first, it was too far overwhelming. It was so funny to see a boy who was shouting " Hey, hey, listen to me!" even nobody listened to him. It reminded me that there were boys like him when I was a young child.
As for Eating and making a sound, it might have recalled kids of primitive memories, so many of them were extremely excited and concentrated on it. In the lesson of eating, they made udon noodles by themselves and tried to it by hands. The adults also ate this noodle in the lunch time. (It was not the noodle which the kids mixed by their hands...) In the lesson of sound, kids were attracted to the musical instruments especially that made a big noise. They never seemed to be bored. I wondered why they were so much excited. I thought it again, I must have been a kid like them.
The lesson that had the biggest impact was which by Inui Akito. He appeared in front of the kids dancing with humorous gestures along with funny old Japanese folk song. He wrapped around his face with tenugui, a Japanese towel. The kids burst into laughter. Then he started to tell them "Being stupid and being genius is the same! They are in horizontal aspect! Let's be stupid!", the kids seemed to be little bit mixed up. He continued, "Lets dance as I did!". The kids looked confused more than ever. I started worry if he could bring it together. Finally, he said "Ok, I know it looks too eccentric to do... I'm gonna dance again!" and started dance. I was almost faint away with shock.
After the lessons, I attended the forum. When I had seen the brochure of this programme first, I wondered how they selected three creators as teachers. In the forum, I gradually understood their intention. The moderator focused on the process how they had stared what they are doing now. And he focused on what they are thinking about continuing creating things.
A participant asked those three creators how they gave advice if they had nephews or nieces and they wanted to live like them. All of three gave us the same answer. They said they either don't encourage or stop them. Mr. Morimoto added that when he could see the sign in those who match this way of life or not in their teens, he might advice then. It was impressive.
Now I assumed they chose those creators to let kids know the way of living is diverse. You could be in mainstream or chose other ways. Or you could be in between. It was also the lesson for adults even the programme was for kids. I considered the "lesson of laugh" again. It seemed so chaotic, but kids might keep this in their minds and pick the funny memory afterwards, is the most effective for kids' sensitivity.
Postscripts. I got the autograph of Mr. Inui on his newest novel! Yay! This novel is a bit too filthy for kids, so if I had a daughter in early teen, I would never recommend it to her. But for other kids, I definitely say "It‘s really something." and give it without responsibility. This recalled me when I was a teenager. I was an obedient and boring girl, and never did anything adult didn't want kids do. So, if I have got any adult who introduced things like this novel, my days must have been more fun.
I thought the teachers of Thugane one day school also had this role to take kids to vast outer world, that their parents or school teachers never tell. I'm already too grown now, though I enjoyed the school as kids did.

2012年8月11日土曜日

美術館でげっそり・・・

 久しぶりにTEDからの話題です。『絵画の中の物語をみつける』というタイトルで、作家のTracy Chevalierが絵画の見方を語りました。

 彼女は、美術館に入ると15分か20分ぐらいで絵のことが考えられなくなり「コーヒー飲みたい・・・」と思ってしまうそうです。そして「皆さんもそういう経験ありますよね、それでなんとなく罪悪感を感じますよね。」と続けると、会場にも苦笑が洩れました。彼女が使っていたgallery fatigue (美術館疲れ)という言葉については、博物館学の教科書にも似たような、museum fatigue(博物館疲れ)という単語が載っていたこともあり、私もああやっぱり、と苦笑しました。

 美術館はなぜ、こうも人を疲れさせるのでしょう。

 「だけど、」彼女は疑問を呈します。「レストランに行った時、全てのメニューを頼むでしょうか。そんなことはありません。デパートにシャツを買いに行った時、全て試着して、全てのシャツが欲しいと思うでしょうか。もちろんそんなことはないでしょう。私たちは選択をするのです。」

 ここでタイトルにもあるように、彼女は絵画から物語を引き出すという見方を提案します。例えに出したのはフェルメールの有名な作品、『真珠の耳飾りの少女』、そしてシャルダンとテューダー時代の作者不明の作品の3つです。

 これらの読みは大変想像力をかき立てられるものだったのですが、私が最も関心を持ったのは、美術館では最初から順番に見ない、まずはざっと一周見回すようにして、そこで気になった絵をじっくり鑑賞する、自分が自分自身のキュレーターになる、という彼女の美術館鑑賞の方法です。私も展示室の始めからではなく、つまみ食いのように観たり、展示室を行ったり来たりするが好きなので、彼女の見方に共感しました。
 
 そこで思ったのは、美術館疲れは、美術の知識がないから気後れする、というよりは、慣れない場所でどのように動いてよいか分からない不安からくるのではないか、ということです。この不安を解消することは、私たちの美術館疲れを解消するヒントになりそうです。美術館以外にどのような「疲れ」があるだろうと考えてみました。個人的にはお参りの作法をよく知らないお寺とか神社でしょうか?初めてお茶会に行った時もそうです。もっと身近なところでは、新しく学校に入学するときも同じような疲れがあるかもしれません。と考えると、美術館疲れも特殊なことではないように見えます。ならば、美術館疲れで足が遠のいている人たちにも、美術館で自分にしっくりくる振る舞いを見つけ、罪悪感を持たずに一歩を踏み出して欲しいと思うのです。


2012年7月17日火曜日

アートもメッタ斬る!

 今日は第147回芥川賞と直木賞の発表があります。なぜこのブログで取り上げるかといいますと、新潮6月号で読んでとてもココロを掴まれた戌井昭人の「ひっ」が芥川賞の候補に挙がったのがひとつ。もうひとつは、賞について大森望と豊崎由美が対談した「文学賞メッタ斬り」が、アートを鑑賞することに重なるように思ったというのがあります。

 「メッタ斬り」は、書評家の二人が候補作品を批判したり評価したり、選考委員のセンスを問う対談で、これまで書籍にもなっています。一般の人にはよく分からないもやもやした文壇ワールドを垣間見られるのがポイントです。今回はラジオ日本での事前予想番組を聞いたので、その胸がすく語り口、時折爆笑する程の毒舌がたまらなく面白かったです。1時間強の番組に、候補作が選ばれた理由を探る、選考委員のセンスに斬り込む、受賞作の下馬評、などがテンポよく盛り込まれていていました。

 実はわたくし、候補作品は「ひっ」しか読んでおりません。しかし作品の要約とそれをどう読んだか、その作家がこれまでどのように書いてきて、それが今回どのように変化しているか、選考委員の顔ぶれの評価、二人の意見がまっ二つに割れた時のそれぞれの主張など、鋭い(そしてキツい)対話を聴くと、文芸作品の読み方の能力を上げて違う世界を見てみたいと思わされました。まあちょっと真面目くさく書いてしまいましたが、豊崎氏の「この作品はエッチな場面もいっぱいあるから(選考委員の)××さんには受けそう」とか、大森氏が最近注目した作品に叔父をモチーフにしているものが多いことから「『叔父さん』アンソロジーが出来たら面白い」という発言など、要所要所で爆笑させられました。やはり何より二人の文学への愛(偏愛も含め)が溢れているところが良いのです。

 という訳で冒頭のアート鑑賞に戻ります。アートに興味のない人や、これから知っていきたい人に美術作品や作家について解説したり、なぜだろう?という疑問を持ってもらうことは大切なことです。しかしアートをアートの世界とどまらせないことを良しとする私は、この対談を芸術作品のギャラリーツアーや鑑賞ガイド、または個人での鑑賞に置換えて考えてみました。目利き二人のメッタ斬りには、批判する、評価するという、知的作業のドライブ感があります。これをアートやミュージアムの世界にも持ち込んだら、アートを通じて批判的にものを見る訓練になると思います。アートの専門家や目利きに、作品や作家をメッタ斬ってもらうのを見るのも面白いし、道場破り?のように個人戦で批評するというのも見てみたいです。私がよく話題にする「好き」か「嫌い」かで作品や作家を見てしまう状況からも一歩踏み出せそうな気がします。

 この対談は、ともすると内輪ノリの文芸談義と取られるかもしれませんが、未知の世界をどう知るか、という体験にとても大きな影響を与えると感じました。二人が選考委員や作家について「センス」という言葉を使っていたのも印象に残っています。アート鑑賞で「センス」と言われたら疎外感を感じるという意見も出るでしょう。しかしセンスは磨いて鍛えることで獲得するものだと私は思います。
 
 二人のメッタ斬りの大胆さと言い切りっぷりは、かなりキビシいですし、斬られる方もかなり痛手を負いそうです。でもこれが光るのは何と言ってもそこに「愛」があるからですね。

podcastで聞くことが出来ます。

2012年7月15日日曜日

復興支援:これからの建築と社会


 震災関連の話題が続きます。今日は建築やデザインを扱う雑誌、AXISの8月号から、アトリエ・ワンが震災後の復興を語ったインタビューについて書きます。アトリエ・ワンは塚本由晴と貝島桃代による建築家のユニットで、このブログでもこれまで何回か取り上げていました。
 
 アトリエ・ワンは、建築を、街や振る舞いといった文脈で語っているところがとても興味深かったので、東日本大震災についてどのようなアクションを取っているのか気になっていました。インタビューでは、牡鹿半島で行なったフィールドワークや復興ビジョンが紹介されています。私が注目したのは、今回の震災以降、これから私たちが生活する社会や環境をどう考えるかについて言及していることです。その語り口は大変落ち着いていて現実的で、希望が持てるものでした。

 例えば今回の震災でさかんに言われた想定外という言葉について。塚本氏は、震災に見舞われた場所を元に戻し、新たに作り上げるという視点から一歩進んで、私たちがこれから都市をどのように捉えていくか、から考え直す必要性について以下のように述べています。「都市に住むことはさまざまな想定に囲まれているのだけど、それを全部知っているわけじゃない。福島の原発が東京のためにつくられていることも知らなかった。要するに都市は想定の塊じゃないか、それならば、個々の設計のなかでも想定の問い直しが起こるべきだと思ったんです。」

 さらに、復興に必要なのは行政と科学技術者から一般の人、という上から下へのやり方ではないと語っています。想定の問い直しに必要なこととして、ある想定のもとに成り立つ工学、想定の内容を決定するヒューマニズムや哲学や歴史、工学分野に関わりつつ想定を疑う建築やデザイン、そして当事者である一般人が混じり合うフォーラム的な場を提案しています。興味深かったのは、震災からの復興に関してもちろん工学や建築が復興に不可欠と思っていたものの、そこに人文系の要素がそこに加わっていることです。人文系の分野が出来ることは、震災を通じて洞察を鋭くしたり、価値を問い直すなどにとどまり、実際的な復興には力が及ばないと思っていたからです。

 貝島氏は、フィールドワークを経たものの、まだ建築に落とし込む段階ではないということに関して「(前略)私たちが設計しなくてもいいと思います。けれども、ある種のハーモニーというか、ビジョンが共有できれば、いきなりここに高層マンションが建つことがないだろう、と。」と言っています。このハーモニーに人文系を含めた複数のジャンルが関わることが出来れば、震災から復興するための知恵に深みが出るということだと思います。一日も早く日常を取り戻すことと同時に、これから続く社会のあり方を問い直し、私たちが震災と共に「ある」ことで現実をより的確に見極めることができると言えるでしょう。
 
 最後に塚本氏は、今回の震災も歴史の中で日本人が何回も経験してきたこと、と語り、貝島氏は、日本がこれ程の震災に見舞われることは想像していなかったけど、だからこそ冷静に普段の眼差しが重要、と語っています。この言葉から伺える視点の深度が、私がアトリエ・ワンを信頼し、これからの活動に期待している理由です。


2012年7月12日木曜日

文化の民主化、あるいは新しいビジネスモデル

 ここ数年購読しているpodcastにEtsyがあります。アート、デザイン、クラフトといったテーマで短いインタビューやレポートなどを紹介しているものです。これは、Etsyという、オンライン上で個人がクラフト、アクセサリーやファションといった作品を公開し、販売できるサイトが配信しています。私も以前このサイトからキャンドルを買ったことがあります。podcastでは注目どころのアーティストや若い作家、小さなアートプロジェクとなどバランスのよく取り上げつつ、質にぶれがないところに魅力を感じています。音楽やカメラワークも凝っていて、無料で配信するにはどのような仕組みがあるのか気になっていました。そして最近、思いがけずこのサイトを紹介した記事をNew York Timesで見つけました。
 
 この記事、"Web Site Illuminate Artists"では、オンライン上でアート作品を投稿してもらい、投票で一番人気のあった作品がタイムズ・スクエアの広告板で展示されるというArtists Wantedというサイトを紹介していました。似たようなものではTwitterで見つけたNONSENSE SOCIETYというサイトがあります。これまでディーラーや美術館に縁を持たなかった作家でもデビューできる新しい場として、注目されているそうです。これは非営利のチャリティではなくビジネスとして成り立っています。Artist Wantedには6万人のユーザーがいて、作品を登録するには25ドルを課しています。さらにこの事業に可能性を見出した企業からも投資を受けており、昨年はまだ利益が上がっていなかったにもかかわらず、130万ドルの資金を得たとのこと。

 Etsyに話を戻します。この記事によると、EtsyもArtists WantedもUnion Square Venturesという投資会社から融資を受けているそうです。(この投資会社はクリエイティブ産業やソーシャルメディア系の企業に多く投資しており、Twitterもその一つに上げられていました。)前記のpodcastもこのように資金を調達する仕組みの中で可能になっていると考えられます。才能を吸い上げる新しいスキームが確立することでクリエイティブ産業の裾野が広がり、ビジネスとしても可能性が見出されている流れが見えます。

 記事では、このようなサイトを創設した人たちが、金儲けだけでなく、「文化の民主化」に関心を寄せていることを伝えています。しかし多くの隠れた才能にチャンスが開かれるということは、同時に見る側にもよいものを見極める眼が問われることになると思います。権威主義ではないですが、多数がよいと思うものが常に質が高いとも限らないというのが私の見方です。Etsyを見ても、(私のセンスから見て、ですが)「これを売り物にするのか?!」というレベルのものがあります。プロとアマチュアの境目をどのように定義づけるかという疑問が沸き上がる、とも記事では指摘されています。

 Etsyが設立されたのは7年前、Artist Wantedは4年前と実績は短く、アート業界ではまだ始まったばかりのモデルといえます。が、ある美術館の学芸員は、このような作家はまだ主流にはなっていないものの、注目する必要があると語っています。アーティストにとって作品を公開する機会が増え、希望の持てる仕組みに見えます。しかしリーマンショックやヨーロッパの金融不安などを見る限り、投資の対象になることで抱えるデメリットにも注視する必要があります。いささか及び腰の発言になってしまいました。とはいえまだ始まったばかりの試み、これからこれらの取り組みがどのように変化していくか、注目していきたいと思います。

New York Times "Web Site Illuminate Artists" (2012/6/17)

2012年6月29日金曜日

災いの後に表現する

(English follows after Japanese) 

 東日本大震災と芸術については昨年9月にも書きましたが(「現在を生きて未来を作り上げる」をご参照下さい)、その後も折りに触れて違和感を感じる場面がありました。芸術家が震災に過剰反応しているように見えること、例えば無理やり震災(特に原発事故)を作品に取り込もうとしているように見えること、アートと震災の関係を何とか言葉にしようとしているように見えること、誤解を恐れずに言うならその浮ついた感じが気になっていました。(多分そうではない人たちも多くいると思います。)東北で被災した訳でも、現地を見た訳でもないので、現実を分かっていないと言われるかもしれません。しかし、それがよい、悪いというのはなく、何故このような高揚感が沸き起こっているのかを知りたいと思っていました。
 
 このもやもやが浮き沈みしていたところ、文芸誌の「新潮」のバックナンバーを読んでいて興味深い記事を見つけました。作家の古井由吉氏とお笑い芸人の又吉直樹氏の『災いの後に笑う』という対談です。古井氏の小説を読んだことも、又吉氏のネタも見たことがないのですが、私の疑問や違和感に一つの答えを与えてくれました。
 
 震災の後、人を笑わせてよいのか悪いのか、と考えたことについて2人が語っている部分があります。古井氏は「災害の後はね、どうもこれ古今東西のことらしいんだけど、人の心は躁鬱の振れ幅が大きくなるそうです。空襲で焼け野原になった直後も、人が浮かれていることがありました。で、はしゃいだと思うと、急に沈み込んだりして。」これに対して又吉氏はこのような体験を語ります。「七月に宮城県に行って、現地の人たちの前でやる機会があったんですけど、そのときのお客さんのテンションの高さといったら、すごかったです。(中略)当事者の人たちは活力を何かに見出そうとしているんだけど、現地以外の人たちは、もちろん悪意はなく、現地の人を慮った上で、そういうのはよくないんじゃないかという判断になって、大多数の人の意見が取り入れられて規制されるので、ブームにならないんでしょうね。」。この後も破壊的な状況での人々の振る舞いについて話しているのですが、今後漫才や文芸がどうなるかという話題になり、これから先、世界に対する自分がどうなるか分からないものだが、その世界だってどうなっているか分からないと締められています。

 終戦と震災は状況が違いますが、古井氏が言う躁鬱の触れ幅と又吉氏が体験したテンションの高さ、というのは私にとって理にかなった説明でした。私にはこの状況が芸術や表現の世界にも見えました。震災の衝撃は段階的に受け入れられていくものではなく、行ったり来たりしながら現実感覚が取り戻されると言えるかもしれません。昨年7月のブログでは「創作や表現活動を今まで通りに続けていくことに、大きな意味があるはず」と書きました。それは今も感じています。それに加えて震災とアートの触れ幅がどう変わっていくかを冷静に注目することも、今後何十年経った時に意味のある行いだと思います。

「新潮」2012年1月号『災いの後に笑う』古井由吉+又吉直樹

Representation after disaster
I have written about the natural disaster such as earthquake and tsunami in last March and how art changed after that. ( Refer to "Living the present, creating the future".) Since I had written that, I have often felt awkward that how arts, artist, art expression, or art critics in Japan lose their composure. I found they overreact to earthquake, tsunami or accident of nuclear plants. For example, they seem to apply their theme of artworks with disaster ( nuclear matters, particular.), or they seem to find any words to describe the connection between arts and disaster. I dare to say they look flippant (There should be many artists who are not.). It is not the issue of what is right or wrong. I was just curious why they seemed to be in spree.
While I have been wondering what makes it happen, I have found an interesting article in the literature magazine called Shincho. It was a conversation between a novelist, Yoshikichi Furui and a comedian, Naoki Matayoshi. Their words gave me one of the answers. I haven't either read Mr. Furui's novels nor watched Mr. Matayoshi's stage be honest.
They talked that it if possible to make people laugh in the situation of agony, in that disaster. Mr. Furui quoted that in the era right after World War two in Japan. He said he had witnessed people swung like manic-depressive at that time. He mentioned that it could happen not only post war in Japan, but also other countries. Then Mr. Matayoshi talked about his experience on stage in Miyagi where the damage was serious. He said that he unexpectedly saw people being high-spirited to watch comedy. The two continued to talk about how we have been reacted to that disaster. They ended the conversation that we could not tell what literature or a comedy would be like in the future. Adding to this, they mentioned we can not predict ourselves and even how the world around us would change.
The manic-depressive swing Mr. Furui said, and the response of the audience Mr. Matayoshi experienced explain the awkwardness I have felt. Even the situation between post war era and that disaster was not the same, I have found this is similar to the situation in art. The trauma we have gone through in that disaster does not seem to recover step by step. We must swing from state of manic to repressiveness in order to regain our reality. In the blog post in last September I wrote as below: "in terms of art, there should be lots of meaning to continue creating and expressing as same as we have before embracing dilemma. ". I still believe the same. Adding to it, I would say it should be meaningful to pay attention to this swing in art and representation. When later generation look it again, we will find any answer.