2012年7月17日火曜日

アートもメッタ斬る!

 今日は第147回芥川賞と直木賞の発表があります。なぜこのブログで取り上げるかといいますと、新潮6月号で読んでとてもココロを掴まれた戌井昭人の「ひっ」が芥川賞の候補に挙がったのがひとつ。もうひとつは、賞について大森望と豊崎由美が対談した「文学賞メッタ斬り」が、アートを鑑賞することに重なるように思ったというのがあります。

 「メッタ斬り」は、書評家の二人が候補作品を批判したり評価したり、選考委員のセンスを問う対談で、これまで書籍にもなっています。一般の人にはよく分からないもやもやした文壇ワールドを垣間見られるのがポイントです。今回はラジオ日本での事前予想番組を聞いたので、その胸がすく語り口、時折爆笑する程の毒舌がたまらなく面白かったです。1時間強の番組に、候補作が選ばれた理由を探る、選考委員のセンスに斬り込む、受賞作の下馬評、などがテンポよく盛り込まれていていました。

 実はわたくし、候補作品は「ひっ」しか読んでおりません。しかし作品の要約とそれをどう読んだか、その作家がこれまでどのように書いてきて、それが今回どのように変化しているか、選考委員の顔ぶれの評価、二人の意見がまっ二つに割れた時のそれぞれの主張など、鋭い(そしてキツい)対話を聴くと、文芸作品の読み方の能力を上げて違う世界を見てみたいと思わされました。まあちょっと真面目くさく書いてしまいましたが、豊崎氏の「この作品はエッチな場面もいっぱいあるから(選考委員の)××さんには受けそう」とか、大森氏が最近注目した作品に叔父をモチーフにしているものが多いことから「『叔父さん』アンソロジーが出来たら面白い」という発言など、要所要所で爆笑させられました。やはり何より二人の文学への愛(偏愛も含め)が溢れているところが良いのです。

 という訳で冒頭のアート鑑賞に戻ります。アートに興味のない人や、これから知っていきたい人に美術作品や作家について解説したり、なぜだろう?という疑問を持ってもらうことは大切なことです。しかしアートをアートの世界とどまらせないことを良しとする私は、この対談を芸術作品のギャラリーツアーや鑑賞ガイド、または個人での鑑賞に置換えて考えてみました。目利き二人のメッタ斬りには、批判する、評価するという、知的作業のドライブ感があります。これをアートやミュージアムの世界にも持ち込んだら、アートを通じて批判的にものを見る訓練になると思います。アートの専門家や目利きに、作品や作家をメッタ斬ってもらうのを見るのも面白いし、道場破り?のように個人戦で批評するというのも見てみたいです。私がよく話題にする「好き」か「嫌い」かで作品や作家を見てしまう状況からも一歩踏み出せそうな気がします。

 この対談は、ともすると内輪ノリの文芸談義と取られるかもしれませんが、未知の世界をどう知るか、という体験にとても大きな影響を与えると感じました。二人が選考委員や作家について「センス」という言葉を使っていたのも印象に残っています。アート鑑賞で「センス」と言われたら疎外感を感じるという意見も出るでしょう。しかしセンスは磨いて鍛えることで獲得するものだと私は思います。
 
 二人のメッタ斬りの大胆さと言い切りっぷりは、かなりキビシいですし、斬られる方もかなり痛手を負いそうです。でもこれが光るのは何と言ってもそこに「愛」があるからですね。

podcastで聞くことが出来ます。

2012年7月15日日曜日

復興支援:これからの建築と社会


 震災関連の話題が続きます。今日は建築やデザインを扱う雑誌、AXISの8月号から、アトリエ・ワンが震災後の復興を語ったインタビューについて書きます。アトリエ・ワンは塚本由晴と貝島桃代による建築家のユニットで、このブログでもこれまで何回か取り上げていました。
 
 アトリエ・ワンは、建築を、街や振る舞いといった文脈で語っているところがとても興味深かったので、東日本大震災についてどのようなアクションを取っているのか気になっていました。インタビューでは、牡鹿半島で行なったフィールドワークや復興ビジョンが紹介されています。私が注目したのは、今回の震災以降、これから私たちが生活する社会や環境をどう考えるかについて言及していることです。その語り口は大変落ち着いていて現実的で、希望が持てるものでした。

 例えば今回の震災でさかんに言われた想定外という言葉について。塚本氏は、震災に見舞われた場所を元に戻し、新たに作り上げるという視点から一歩進んで、私たちがこれから都市をどのように捉えていくか、から考え直す必要性について以下のように述べています。「都市に住むことはさまざまな想定に囲まれているのだけど、それを全部知っているわけじゃない。福島の原発が東京のためにつくられていることも知らなかった。要するに都市は想定の塊じゃないか、それならば、個々の設計のなかでも想定の問い直しが起こるべきだと思ったんです。」

 さらに、復興に必要なのは行政と科学技術者から一般の人、という上から下へのやり方ではないと語っています。想定の問い直しに必要なこととして、ある想定のもとに成り立つ工学、想定の内容を決定するヒューマニズムや哲学や歴史、工学分野に関わりつつ想定を疑う建築やデザイン、そして当事者である一般人が混じり合うフォーラム的な場を提案しています。興味深かったのは、震災からの復興に関してもちろん工学や建築が復興に不可欠と思っていたものの、そこに人文系の要素がそこに加わっていることです。人文系の分野が出来ることは、震災を通じて洞察を鋭くしたり、価値を問い直すなどにとどまり、実際的な復興には力が及ばないと思っていたからです。

 貝島氏は、フィールドワークを経たものの、まだ建築に落とし込む段階ではないということに関して「(前略)私たちが設計しなくてもいいと思います。けれども、ある種のハーモニーというか、ビジョンが共有できれば、いきなりここに高層マンションが建つことがないだろう、と。」と言っています。このハーモニーに人文系を含めた複数のジャンルが関わることが出来れば、震災から復興するための知恵に深みが出るということだと思います。一日も早く日常を取り戻すことと同時に、これから続く社会のあり方を問い直し、私たちが震災と共に「ある」ことで現実をより的確に見極めることができると言えるでしょう。
 
 最後に塚本氏は、今回の震災も歴史の中で日本人が何回も経験してきたこと、と語り、貝島氏は、日本がこれ程の震災に見舞われることは想像していなかったけど、だからこそ冷静に普段の眼差しが重要、と語っています。この言葉から伺える視点の深度が、私がアトリエ・ワンを信頼し、これからの活動に期待している理由です。


2012年7月12日木曜日

文化の民主化、あるいは新しいビジネスモデル

 ここ数年購読しているpodcastにEtsyがあります。アート、デザイン、クラフトといったテーマで短いインタビューやレポートなどを紹介しているものです。これは、Etsyという、オンライン上で個人がクラフト、アクセサリーやファションといった作品を公開し、販売できるサイトが配信しています。私も以前このサイトからキャンドルを買ったことがあります。podcastでは注目どころのアーティストや若い作家、小さなアートプロジェクとなどバランスのよく取り上げつつ、質にぶれがないところに魅力を感じています。音楽やカメラワークも凝っていて、無料で配信するにはどのような仕組みがあるのか気になっていました。そして最近、思いがけずこのサイトを紹介した記事をNew York Timesで見つけました。
 
 この記事、"Web Site Illuminate Artists"では、オンライン上でアート作品を投稿してもらい、投票で一番人気のあった作品がタイムズ・スクエアの広告板で展示されるというArtists Wantedというサイトを紹介していました。似たようなものではTwitterで見つけたNONSENSE SOCIETYというサイトがあります。これまでディーラーや美術館に縁を持たなかった作家でもデビューできる新しい場として、注目されているそうです。これは非営利のチャリティではなくビジネスとして成り立っています。Artist Wantedには6万人のユーザーがいて、作品を登録するには25ドルを課しています。さらにこの事業に可能性を見出した企業からも投資を受けており、昨年はまだ利益が上がっていなかったにもかかわらず、130万ドルの資金を得たとのこと。

 Etsyに話を戻します。この記事によると、EtsyもArtists WantedもUnion Square Venturesという投資会社から融資を受けているそうです。(この投資会社はクリエイティブ産業やソーシャルメディア系の企業に多く投資しており、Twitterもその一つに上げられていました。)前記のpodcastもこのように資金を調達する仕組みの中で可能になっていると考えられます。才能を吸い上げる新しいスキームが確立することでクリエイティブ産業の裾野が広がり、ビジネスとしても可能性が見出されている流れが見えます。

 記事では、このようなサイトを創設した人たちが、金儲けだけでなく、「文化の民主化」に関心を寄せていることを伝えています。しかし多くの隠れた才能にチャンスが開かれるということは、同時に見る側にもよいものを見極める眼が問われることになると思います。権威主義ではないですが、多数がよいと思うものが常に質が高いとも限らないというのが私の見方です。Etsyを見ても、(私のセンスから見て、ですが)「これを売り物にするのか?!」というレベルのものがあります。プロとアマチュアの境目をどのように定義づけるかという疑問が沸き上がる、とも記事では指摘されています。

 Etsyが設立されたのは7年前、Artist Wantedは4年前と実績は短く、アート業界ではまだ始まったばかりのモデルといえます。が、ある美術館の学芸員は、このような作家はまだ主流にはなっていないものの、注目する必要があると語っています。アーティストにとって作品を公開する機会が増え、希望の持てる仕組みに見えます。しかしリーマンショックやヨーロッパの金融不安などを見る限り、投資の対象になることで抱えるデメリットにも注視する必要があります。いささか及び腰の発言になってしまいました。とはいえまだ始まったばかりの試み、これからこれらの取り組みがどのように変化していくか、注目していきたいと思います。

New York Times "Web Site Illuminate Artists" (2012/6/17)