2008年3月10日月曜日

博物館の語り手

  インターネットで調べものをしていましたら、母校のレスター大学博物館学部の先生がお話しされているポッドキャストを発見しました。Dr. Richard Sandellの懐かしいお声!これは、彼が書いた『Museums, Prejudice And The Reframing Of Difference』という本をもとに、Demosというシンクタンクのインタビューに答えているものでした。Demosは、公共サービス、科学技術、都市と公共空間、アートと文化、アイデンティティそして世界的安全保障という6つのテーマで、政策立案や社会起業などに関わっている団体だそうです。

 インタビューは「博物館と偏見」というテーマでした。博物館が社会における偏見にどう立ち向かっているかを、彼が行ったグラスゴーの聖マンゴ宗教博物館 とアムステルダムのアンネ・フランクハウスでの調査をもとに話しています。この二つは博物館として、偏見に対する理解を促すというミッションを明確にしているそうです。彼は、博物館には様々な偏見、先入観に立ち向かう役割があり、異なる他者に対して敬意を持つことを示唆するとともに、来館者に議論を促す力があると言っています。博物館自体も、こういった問題に取り組んでいるところが増えているそうです。

 来館者もまた、博物館は色々な見方を分からせてくれる、理解を深める機会を提供してくれる社会的財産であると好意的に認める一方、こういった内容に不快感を表す人もいるそうです。アンネ・フランクハウスを例にしていたのですが、来館者の中には、展示されている内容について、現代に生きる自分たちがそれをどう理解するのかという見方ではなく、歴史の中で妥当と思われる視点に固執している人もいる、と彼は言っていました。この辺のニュアンスが少し分かりにくかったのですが、過去に起こった戦争や差別といった出来事を、今生きている社会でどう位置づけて生かしていくか、ではなく、「過去はこうだったんだから仕方ない」というような見方から脱せない人もいる、ということなのかな、と私は理解しました。こういった問題に関しては、博物館側も明確に語ることに居心地の悪さを感じているところも見られる、と彼は言っていました。

 実は、最近お会いした方々とお話しする中で、日本の博物館の戦争展示には、誰の視点で語っているか明確にしていない(あるいは諸々の理由でできない)ことで、見ている方が混乱するものがある、という話題が出てきたので、彼の話はとてもタイムリーなトピックでした。宗教、戦争、差別といった社会的・政治的な内容を博物館で扱う時、どの角度から見ても公平な視点を設定するのは難しいと思います。私が大学院にいた時、マンチェスターの帝国戦争博物館に学校のカリキュラムで行く機会があったのですが、全編に流れる「我々は戦争によって、人々を解放し世界に平和をもたらした!」という語り方が、日本人の私にはとても奇異なものに見えました。クラスに帰ってからのディスカッションでも、イギリス人やアメリカ人、オーストラリア人は何の違和感もない様子だったのに、日本人やギリシャ人の学生は「そもそもあの論調がありえない」といった感想を言う人が多く、何だか議論がかみ合わないなーと感じたことがあります。でも、すべての人が納得できる視点は不可能、という大前提を理解し、そこから何を語れるかを考えていくという挑戦が必要だと思います。

 取りあえず『Museums, Prejudice And The Reframing Of Difference』をアマゾンで注文しました。アマゾンUKの紹介によると、この本はジェンダー、社会階級、民族、セクシュアリティといった問題にも言及しているそうです。手元に届くのが楽しみです。武者震いして待っているところです。

Demos Demos Podcastウェブサイト
著:Richard Sandell
出版社:Routledge


2008年3月2日日曜日

大人たち、集合!

 今見てみたい舞台のひとつに、”Weimar New York”があります。ニューヨークで定期的に行われている舞台で、1920年代ベルリンの音楽や美学を現代に蘇らせた「演劇的キャバレー」と呼ばれているものです。映画『ショートバス』でクラブのグラマラスな女主人(男性ですが)を演じた、ジャスティン・ボンドを始めとするパフォーマーたちが出演しています。随分とダークでアンダーグラウンドで大人向けの香りがする舞台なのですが、先月行われたショウの舞台はサンフランシスコ現代美術館でした。

 公共性の高い美術館で行うには少しばかり刺激的すぎるような印象がありましたが、どのような経緯で実現したのでしょうか。美術館ウェブサイトを見るとこのイベントは、展覧会、コレクション、教育プログラムに並ぶ公共プログラムのひとつとして位置づけられていました。日本でも最近、国立の博物館、美術館の独立行政法人化によって施設を商業的な目的で貸し出すケースも見られますが、”Weimar New York”は美術館活動の一環として行われたようです。SFGateというサンフランシスコの新聞サイトによると、このアイデアは美術館公共プログラムの新しいコーディネーターによるもので、学芸員の一人がプロデューサーをつとめたそうです。バレンタインデーには学芸員とパフォーマーによる無料のトークショウも行われたとのこと。

 大人が楽しめるこういったイベントが、美術館を舞台として行われたというのがとても素敵だと思いました。日本でも海外でも、様々な美術館や博物館が来館者の興味や学習意欲を高めるため、教育・公共プログラム作りに試行錯誤しています。子供向け、親子向けのプログラムはよく目にするのですが、大人にアピールするプログラムがもっと増えればと良いのに、と常々思っていました。学びとか、知的好奇心を高める先に、もしかしてもしかして素敵な異性との出会いもちらりと期待できるかもしれないですし。そうなったら博物館や美術館は、もっと大人が行きたくなる場所になるはず。(少なくとも私はそう!)

”Weimar New York”の映像をご覧になりたい方はこちら

SF GATE DATA LINES ウェブサイト