2012年10月22日月曜日

土偶と日常

 昨日のNHK日曜美術館「土偶 命の息吹から生まれたアート」を見ました。土偶好きの私は2009年に東京国立博物館の「国宝 土偶展」をわくわくと心躍らせて見たことを覚えています。番組の方はぼんやりと見ていたので詳細の情報には自信がありませんが、見終わった後に私の頭に浮かんだことを書こうと思います。

 ゲストのグラフィックデザイナーの佐藤卓氏は、土偶の直線と曲線の交差の表現に車のデザインに通じるものがあると説明し、縄文と現代の創造性の繋がりを浮き上がらせました。また、縄文人は万物に精霊を感じ土偶にそれを具現化しようとしたために、遮光器土偶のような、人間とも人間でないともいえる不思議な顔を作ったのではないか、と新説を語る考古学者の洞察にも、想像力をかき立てられました。

 番組の中でも取り上げられていましたが、技巧が凝らされた文様や、女性と男性の特徴が組み合わさったような土偶などは、現代の私たちにとって、解きたくてたまらない謎であり神秘です。でも、本当にそれはいつも謎で、神秘なのか?という疑問も私の中に浮かびました。もしかしたら、とてつもなく土偶づくりのセンスがいい人がいて、「ちょっとおもしろいの、作ってやろうぜ!」とやってみたらできちゃいました、というのも実はあるのではないか?と。自然への畏怖、豊穣への祈り、鎮魂など様々な意味が土偶に込められていたことは想像できますが、何となく作りたくなって、思わず作った、という土偶も実はあるような気がします。

 そうすると、縄文人は、現代人の私たちと何も繋がりのない、未知の宇宙人のような存在といえるのだろか、と思えてきます。私の日常は、縄文人が過ごした日常が連なって、歴史が続いた後に現れたものであるはず。だとしたら縄文人の土偶は、まったく知らない誰かが残した謎とは言いきれないと思えてきました。文字が残されていないから分からないだけで、今の私が感じる恐怖や、心が満たされる思い、驚きなど、縄文人も同じように感じたのではないか、と想像できます。何万年、何千年前の人たちの暮らしは原始的で、情報も知恵も今より断然劣っていたかもしれませんが、私たちもその歴史の流れの先に生きていると感じます。

 そんなことを考えていて、最近読んだ舞城王太郎の小説『美味しいシャワーヘッド』の、このような一節を思い出しました。「思い出も思いも空想も行われなかった秘密も、全部言葉で語られるが、言葉にできない物事もある。言葉では掬いきれない小さな、細やかないろいろだ。でもそれらは記憶に残っていないんじゃなくて言葉にできないだけで、全部僕の中にあるはずだ」

 文字を残さなかった縄文人も言葉で語る私たちも、空想や秘密、小さな、細やかなもろもろを全部自分の記憶に残しているのだと思います。遠い過去を振り返ると、遥か向こうにいる縄文時代の誰かと、目が合うような思いになりました。
 昨日は土偶ひとつで妄想が、次々と泡のようにはじけました。楽しかった!